【2審判決】 |
福岡高裁 平成18年2月23日判決
事件番号 平成16年(ネ)第669号 |
【主 文】
原判決を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第1、2審を通じて被控訴人の負担とする。
【事実及び理由】
第一 当事者の求める裁判
1 控訴の趣旨
主文同旨
2 原審における被控訴人の請求の趣旨
控訴人は、被控訴人に対し、450万円及びこれに対する平成15年3月25日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
1 事案の概要は、後記2のとおり修正するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これを引用する。
2(1) 原判決3頁7行目の「本件車両の盗難」を「本件車両の持ち去り」と改める。
(2) 原判決の「事実及び理由」欄の「第二 事案の概要」記載中の各「本件盗難事故」を各「本件車両持ち去り」と改める。
第三 当裁判所の判断
1 立証責任について
原判決の「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の「1 立証責任について」記載のとおりであるから、これを引用する。
2 事実関係について
事実関係については、後記3のとおり修正し、後記4及び5のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の「第三 争点に対する判断」の「2 事実関係について」記載のとおりであるから、これを引用する。
3(1) 原判決9頁14行目から23行目までを次のとおり改める。
「本件契約締結の経緯についての被控訴人の説明は次のとおりである。
すなわち、平成13年10月ころ、被控訴人は、自宅に忘れ物を取りに帰るため、本件車両を本件マンションの外にとめ短時間その場を離れたが、その間、車のドアが開けられ中を物色された形跡があったため、そのことを本件マンションの管理人に話したところ、本件マンション周辺では車の盗難事故が多いということを聞かされた。
そこで、被控訴人は、そのころ、控訴人の代理店を経営している丙川に連絡し、同年11月12日付けで本作契約を締結したというものである。
ちなみに、上記の件については、被害がなかったため、被控訴人は警察に対し被害届の提出をしていない。」
(2) 原判決10頁7行目から16行目までを次のとおり改める。
「本件車両持ち去りが行われた本件駐車場の位置関係は原判決添付別紙盗難現場見取図のとおりであり、本件車両は、本件車両持ち去りがされたときには、同見取図の『69』の位置に駐車していたものである。本件車両持ち去りの状況は、同見取図の上方の『防犯ビデオ』の位置から概ね5秒間隔で撮影されていた。(証拠略)(防犯カメラのビデオテープ)の画像を解析すると次のとおりとなる。
19時18分47秒(ビデオ画像開始時)から19時20分50秒までの間 防犯カメラに人が近づくとセンサーが反応して点灯するオレンジ色のライト(以下「本件ライト」という。)は、点灯していない。
19時20分55秒 人が同見取図の出入り口の右斜め上にある壁の後部から出てきた。このとき本件ライトが初めて点灯した。
19時21分00秒 本件車両に近づこうとする人の動きあり。同人は最初に画面に現れて他の車には見向きもせず同車に接近。
このとき、本件ライトは点灯している。
19時21分05秒 人の姿が壁の陰に隠れた。人は本作車両の助手席側のドアの外に回ったと推測される。
本件ライトは点灯している。
19時21分10秒 人の姿が現れた。
本件ライトは点灯している。
19時21分15秒 人の姿が消えた。人は本件車両の運転席側のドアの外に回ったと推測される。
本件ライトは点灯している。
19時21分54秒 本作車両が動き出す。
本件ライトは、点灯している。
19時21分59秒 本件車両の車体全部が壁に隠れた駐車位置から出た。
本件ライトは点灯している。
19時21分59秒から19時22分09秒(ビデオ画像終了時)までの間 本件ライトは点灯している。
以上のとおり、本件車両を持ち去った人物は、本件車両の助手席側に回ってから本件車両を発進させるまでに約49秒かかっている。」
(3) 原判決11頁10行目の「原告」から同14行目の「提出した」までを次のとおり改める。
「控訴人は、平成14年10月22日午後3時ころフィリピンから帰国し、知人と外で食事をした後、同日午後9時から10時ころまでの間に帰宅し、その後、本件車両がない旨を警察に連絡し、約10分後に到着した警察官に対し被害届を提出した」
4 G社の副店長の面談での回答(証拠略)
1分間弱でエンジンを始動させる方法はありますかとの質問に対し @ 当該車両のマスターキー及びサブキーであれば当然可能である。
A キーの記憶回路を車両に事前にコンピューターに再登録し、再登録したキーを使用すれば可能である。
B 1分間でキーの回路のコンピューターを入れ替えることは不可能である。
5 被控訴人の本件車両の鍵の本数等についての説明の変遷 (1) 前記のとおり、被控訴人は、丁山に対し、平成14年11月5日及び同年12月14日、本件車両の鍵は購入時以来1本だけであり、その鍵は本件車両持ち去りの際はフィリピンに携行していた旨述べていた。
(2) 被控訴人の平成15年7月1日付け陳述書(証拠略)には次の趣旨の記載がある。
「本件自動車を購入する際に、鍵を2本受け取ったのではないかと思います。そして、1本は、自分自身が所持して、もう1本は本件自動車の助手席のダッシュボード内に置いていたと記憶しています。ただ、それは今になって記憶をたどってみて、そう思うのであって、事件当時は、自分が持っていない鍵の方についてはあまり意識していませんでした。」
平成14年11月上旬に調査に来た丁山に対し、「私は、当時、もう1本の所在について記憶が曖昧であったことから、『鍵は所持している1本はあるが、もう1本はよく覚えていない』ということを話しました。」
「私はその後、時間をかけて記憶をたどったところ、最近になって、上記に述べたように鍵を2本受け取って、1本は助手席のダッシュボードに置いていたということを思い出したのであり、盗難当時は、もう1本の所在についてあまり記憶がはっきりしなかったので、よく分からない旨のことを言っていました。そして、私は、丁山氏から鍵の本数について、書類にサインするよう言われたときには、2本あったかも知れないという程度の認識はありましたが、丙川氏のアドバイスを聞いて本件では鍵の本数については重要な事項ではないし、早く解決をしたいと思って鍵は1本しかないという書面にサインしたのです。」
(3) また、被控訴人は、平成15年10月27日の本人尋問において、次の趣旨の供述をしている。
第47項
「私は鍵を1本渡しました。そしたら丁山さんのほうがもう1本あるんじゃないですかということで聞かれたもんで、いや、もう1本あったと思うと、でも私ちょっと記憶があいまいで、どこに置いているか分かんないので探しときますということで、そのときは、ちょっと分かんないということで答えました。」
第60項
平成14年12月14日に「キーについて」と題する書面に「キーについては丁山様へわたした1本だけだと思います」と記載した際の丁山とのやりとりに関し「そのとき私のほうから、署名するけど、鍵はあったような記憶があるということで私は言いました。」
第61項
「書面にサインしたときには、あなたはもう1本あったかもしれないというようなところまでの記憶はあったということですか。」との問いに対し、
「はい、それはありました。それは丁山さんのほうにも私は正直に話しました。」
第66項
「鍵についてですけども、あなたの陳述書で助手席のダッシュボードに置いてたんじゃないかということを言われてますけど、これについては保険が下りないということになって、私のほうに相談されて、その過程で記憶を喚起して、大分思い出したということですね。」との問いに対し
「はい、そうです。」
第67項
「もう1本の鍵についてどういったことを思い出しましたか」との岡いに対し「もう1本の鍵について、途中まで思い出さなかったんですけど、一生懸命先生と話していくうちに、そう言えば鍵が、1度リモコンの鍵が壊れて1回見てもらったことがあって、バッテリーじゃなくリモコンの鍵が開かなくなったことが昔あったもんで、それから、その後にそう言えば鍵が開かなくなってて、修理をするために車に載せてたんじゃないかなというのを少し思い出して、それからあと、トランクがあの車は開かなくなるんですよ、中にボタンがあって、それを間違って押しちゃうと、もう一つの鍵じゃないと開かないもんで、ただリモコンの鍵というのが大きかったもんで、どうしてもリモコンが開かないのに必要性があんまりないみたいで、それで車に置いてたというのを段々思い出しました。」
第68項
「恐らく助手席のダッシュボードに入れてたんだろうということは、それはかなり購入されてすぐの時点のことということですね。」との問いに対し
「はい、そうです。」
第81項
「車を買ったときにあなたは鍵を何本もらったんですか。」との問いに対し「今思い出したら2本かな、3本はなかったと思うんですよ。2本かなと。」
第175項
平成14年12月14日にキーは1本だけだと思うと記載した点に関し「私がダッシュボードに置いてたり、車の中に鍵を載せてたら、それが悪いことじゃないかなと私はそっちのほうを心配して、例えば車の鍵をなくなしてとか、ダッシュボードに置いて、車の中に置いてたというのが私のミスになって、正直なところ言って保険を掛けてるのに、そのミスで下りないんじゃないかなというのが不安で、こういう形になったと思います。」
6 そこで、以下、本件車両持ち去りが偶然に起きたものか否かについて判断する。
(1) まず、本件車両の持ち去りが容易か否かについて検討する。
前記の事実から、本件車両の持ち去りの方法としては、@マスターキー又はサブキーを使用する方法、A合い鍵を作ったうえそれを用いて車内に入った後、車内に存在したマスターキーを使用する方法、Bドアをこじ開けたり壊したりして車内に入った後車内に存在したマスターキーを使用する方法、Cあらかじめ、キーの記憶回路をコンピューターに再登録し、再登録されたキーを使用するか、又はECU(エンジン・
コンピュータ・ユニット)そのものを取り替える方法(証拠略)などが考えられる。
上記のうち、Bについては、49秒程度の短時間で現場に痕跡を残さずに車内に侵入できるかが疑問であるのみならず、後述のとおり、そもそも車内にマスターキーが存在したものとは認め難いから、Bの可能性は否定すべきである。Aについては、被控訴人の供述上何者かによって合い鍵が作られた形跡を窺わせるようなものは何ら存在せず、また、本件駐車場には本件車両以外にもこれと同等又はより上等の高級車が数台駐車していた(証拠略)のに、本件車両について特に合い鍵まで用意して窃取したものと認定するには疑問が残る。Cも論理的にはあり得るが、そもそも車内に入る方法が推測困難なうえ、この方法はその性質上到底49秒程度の時間で遂行することができるとは考えられず、本件においては可能性に乏しいものといわざるを得ない。
そうすると、本件では@の本件車両のマスターキーかサブキーを所持した者がそれを使用して本件車両を発進させて持ち去った可能性が高い。
そこで、誰かがあらかじめ本件車両のマスターキーかサブキーを盗み出していたかどうかであるが、本件では被控訴人が本件車両の鍵を盗まれたと届け出ていたような事実を認めるに足りる証拠はない。また、本件車両内にマスターキーが存在したとして、これを第三者が知っていたことを認めるに足りる証拠もない。
したがって、誰かがあらかじめ本件車両のマスターキーかサブキーを盗み出していてそれを使用して本件車両を持ち去ったとは認められない。
そうすると、全くの第三者が本件車両を窃取することは極めて困難であるといわざるを得ない。
これに対し、(証拠略)及び証人己川の証言中には、本件マンションの1階にある駐車場はオープンスペースが多く青空駐車場と同様に物色がしやすいこと、本件マンションの管理人己川が、本件車両持ち去りが起きた現場が写されていた防犯カメラのビデオを見たところ、そのカメラの映像には、上記持ち去りがあったとされる19時20分55秒から19時21分59秒までの時間(以下「本件車両持ち去り時間」という。)の数時間前から防犯カメラに人が近づくとセンサーが反応して点灯する本件ライトが点灯したままであった映像があったこと、そこで、己川は本件車両持ち去りのときに防犯カメラの映像に映った人物が現れる前に何者かが本件車両付近にいたのではないかと思ったとする部分があり、これによると本件車両を乗り去った人物は本件車両持ち去りの前にある程度長時間にわたって本件車両付近で何らかの作業をしていたのではないかということが考えられないではない。
しかし、本件車両持ち去り時間の直前である19時18分47秒ないし19時20分50秒までの間は本件ライトは点灯していないし、その前の何時ころの時点まで点灯していたかについては証人己川は全く証言できず、上記己川証言にかかる事実を認めるに足りる的確な証拠はないといわざるを得ないのであって、上記各証拠は上記認定を左右するものではないというべきである。
(2) 前記のとおり、被控訴人が所持していた鍵の本数については、被控訴人の説明が変遷しており、変遷の理由についても納得できる説明はないものと解さざるを得ないが、高級車である本件車両の購入時にサブキーが1本だけ交付されたということは考え難いから、結局、マスターキーが他に存した旨の被控訴人の供述部分は信用できるものというべきである。
しかし、被控訴人が日ごろから、サブキーのみを利用しており、マスターキーはグローブボックス(被控訴人は「ダッシュボード」と供述しているが、「グローブボックス」の誤りであると認める[当庁民二日記第二七号調査嘱託に対するG社の回答参照]。)に入れていた旨の被控訴人の供述は、到底採用することができない。
ア 被控訴人は、平成14年の3月か4月ころ、誤って本件車両内のトランクオープナーのメインスイッチをオフにして(ロックして)しまったが、そうすると、マスターキーで上記メインスイッチをオンに戻すか、マスターキーを直接トランクの鍵穴に差し込んで回すかしないとトランクを開ける方法はないところ、被控訴人はサブキーしか所持していなかったので、午前中に福岡市在住のG社営業所に赴き同日夕方までにトランクを開けてもらった旨陳述する(証拠略)が、上記調査嘱託の結果によれば、そのころ被控訴人による本件車両の持ち込みはなかったこと及び上記のようなトラブルの場合マスターキーの複製をすることになり、その完成には1、2週間かかるので、1日以内にトランクが開けられることはないことが認められるのであって、上記陳述は採用し難いところである。
イ(ア) また、被控訴人は、次のとおりの趣旨を供述する(第1回)。
@ 本件車両は平成12年12月に購入した中古車であるところ、購入後すぐにマスターキーが正常に作動しなくなり、一度修理してもらったが、その後またすぐに調子が悪くなったため、修理に出すためと、誤ってトランクオープナーのメインスイッチをオフにしてしまったときにトランクを開けるために、上記マスターキーをグローブボックスに入れていた。
A 本件車両購入直後ころから、3万円から5万円くらいの現金を裸のまま常時グローブボックスに入れていた。
B そのほか、1枚1,000円の国際電話用テレホンカード200枚くらいも常時グローブボックスに入れていた。
C グローブボックスには鍵はかけていなかった。
(イ) しかし、前記のとおり、被控訴人が本件契約を締結する動機となった、本件車両内が物色された事件において被害がなかった事実に照らせば、グローブボックスに鍵がかけられていなかったものとは到底考えられず、その内容物が相当高額ないし高価なものであること及び本件車両のドア自体には盗難防止装置はついておらず、ドアを無理にこじ開けることが可能であることも、上記判断の相当性を裏付けるものというべきである。
(ウ) そして、グローブボックスに鍵がかけられていたとすれば、被控訴人のいう前記(ア)の@の収納理由は成り立たないことになる。
ウ また、本件車両のマスターキーは、リモコンボタン一つでドアの開閉ができ、グローブボックスの鍵の開閉ができ、また、直接トランクの鍵穴に差し込んでこれを開けられることに便利さがあるのであるから、故障してから約2年近くも修理せずにそのまま保管するというのは不自然である(被控訴人は、買物の荷物等をトランクに入れるときは、いちいち運転席に戻って[トランクオープナーで]トランクを開けた後トランクまで戻って収納していた旨供述する[第2回]が、極めて不自然であって、到底採用できない。)。
エ 以上によれば、合理的な理由もないのに、より便利なマスターキーを常用しないばかりか、専らサブキーを使用し、マスターキーはグローブボックスに入れっ放しにしていた旨の被控訴人の供述は到底採用できない。
(3) 以上検討したとおり、本件車両は、そのマスターキー又はサブキーがなければ移動が困難であること、本件車両の鍵の本数及びその保管状況にかかる被控訴人の説明が極めて不自然であるうえ、被控訴人が最終的に供述するに至った、マスターキーをグローブボックスに収納していたとの点については、同ボックスを施錠していたと説明しても施錠していなかったと説明しても合理性を欠くなどの事情が認められ、これらを総合すれば、本件車両を持ち去った人物が被控訴人とは全く無関係の第三者としてこれを窃取したものではなく、被控訴人と意を通じ合っていたのではないかとの疑念を払拭することができず、結局、本件については偶然性の証明がないものといわざるを得ない。
7 前記のとおり、本件契約に基づき保険金を請求する者は、被保険自動車の盗難その他偶然な事故の発生を主張立証すべき責任を負担するものと解されるところ、被控訴人は本件車両持ち去りが第三者による盗難その他偶然な事故によるものであることを証明するまでに至っていないから、本件契約に基づき保険金を請求することはできず、控訴人には同請求に応じて保険金を支払う義務はない。よって、被控訴人の本件請求は理由がない。
8 以上によれば、原判決は相当でないから、これを取り消して、被控訴人の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。
(平成17年7月8日口頭弁論終結)
福岡高等裁判所第2民事部
裁判長裁判官 石井宏治
裁判官 永留克記
裁判官 高宮健二
【1審判決】 |
福岡地裁 平成16年7月5日判決
事件番号 平成15年(ワ)第769号 保険金請求事件 |
【主 文】
1 被告は、原告に対し、金450万円及びこれに対する平成15年3月25日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。
【事実及び理由】
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告との間で締結した家庭用総合自動車保険契約の被保険自動車につき、盗難事故にあったとして、被告に対して保険金及びこれに対する訴状送達の日の翌日から商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払いを求めた事案である。
被告は、上記盗難事故の偶然性を争っている。
1 争いのない事実ないし証拠により容易に認められる事実 (1) 被告は、損害保険業を目的とする株式会社である。
(2) 原告の所有自動車
原告は、次の自家用普通乗用車(以下「本件車両」という。)の所有者である。
ア 車名 トヨタセルシオ
イ 型式(略)
ウ 登録番号(略)
エ 車台番号(略)
(3) 保険契約の締結
原告は、平成13年11月12日、被告との間で、次のとおり車両保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
ア 保険の種類 家庭用総合自動車保険(IAP-F)
イ 証券番号(略)
ウ 保険期間 平成13年11月12日午後4時から平成14年11月12日午後4時まで
エ 被保険自動車 本件車両
オ 保険金額 450万円
(4) 本件契約に適用される家庭用総合自動車保険約款には、次の定めがある(証拠略)。
ア 被告は、偶然な事故によって被保険自動車に生じた損害及び被保険自動車の盗難による損害に対して、被保険者(被保険自動車の所有者)に保険金を支払う(第6章車両条項第1条1項)。
イ 保険契約者、被保険者または保険金を受け取るべき者、所有権留保条項付売買契約に基づく被保険自動車の買主の故意により生じた損害に対しては、保険金を支払わない(同章第4条(1))。
(5) 原告の海外渡航(証拠略)
原告は、平成14年10月12日午後1時ころ、福岡市〈地番略〉(以下「本件マンション」という。)の1階にある駐車場(以下「本件駐車場」という。)に本件車両を駐車し、福岡空港から、午後4時の便でフィリピンに出発し、同月22日午後3時ころ、フィリピンから帰国した。
(6) 本件車両の盗難(証拠略)
本件車両は、平成14年10月12日午後7時21分ころ、原告以外の何者かによって、本件駐車場から持ち去られた(以下「本件盗難事故」という。)。
(7) 保険金請求
原告は、被告に対し、本件契約に基づき、本件車両の盗難によって損害を被ったとして車両保険金450万円の支払を請求をしたが、被告は、原告に対し、平成15年1月7日付け内容証明郵便により、支払拒絶の通知をした。
(8) 本件訴状送達の日の翌日は、平成15年3月25日である。
2 争点
本件盗難事故が偶然に起きたものか否か
3 争点に対する当事者の主張
(原告の主張)
(1) 原告は、平成12年12月ころ、本件車両を約500万円で購入した。
支払方法は、20回程度の分割払いによるものであり、平成14年秋ころには、ローンの支払いは終わっていた。
(2) 原告は、平成13年10月ころ、本件車両を、本件マンションの外に駐車していたところ、ドアを開けられるといういたずらにあった。原告は、本件マンションの管理人から、本件マンションの周辺で盗難が多いということを聞き、車両保険に入ることにし、同年11月12日、本件契約を締結した。
(3) 原告は、本件車両を購入する際、鍵を2本(メインキー1本、サブキー1本)受け取った。メインキーは、本件車両のダッシュボード内に置いており、サブキーは、原告が所持していた。
(4) 原告は、平成14年10月22日、原告方に帰宅してすぐに本件駐車場に行ったところ、本件車両がなくなっていることに気が付き、警祭に連絡し、盗難届を提出した。
(5) トヨタセルシオは、そもそも盗まれやすい車種であり、また、本件マンション付近では、車の盗難、車上荒らしの被害が多数ある。
(6) 原告は、収入にも余裕があり、お金に困っていることもないのであって、不当に保険金を請求する必要性はない。
(7) 本件駐車場に設置された防犯ビデオに、本件盗難事故の犯人が写っており、本件盗難事故が偶然に発生したことは明らかである。
また、本件ビデオには、犯行直前からのダビングしかなく、それ以前の録画部分や、数日前のビデオを調査しなければ、犯人が物色したか否かは明らかにはならない。
(8) 被告の調査は、原告から渡されたビデオを確認し、原告本人と自動車関係の聞き取り調査をしただけであって、周辺住民への聞き取りや本件盗難事故前後のビデオテープの調査等を行わずに、@原告は鍵を1本しか持っていない、A犯人が物色することなく短時間で本件車両を盗んだと判断して、本件盗難事故に原告が関与していると判断しているにすぎないのであって、被告は十分な調査を行っていない。
(9) 本件車両が、原告以外の第三者による盗難に遭ったことは、ビデオや原告が、当時海外出張であったことから明らかであるから、被告は、原告とその犯人とが共犯関係にあることを疑わせる具体的な事実を主張、立証しなければ、本件保険金の請求を拒絶できないと解すべきである。
(被告の主張)
(1) 本件盗難事故が偶然な事故であることは、原告において主張、立証すべきものである。
(2) 原告の収入や原告が経営する会社の売上げについては、客観的な資料がなく、原告には、原告が購入した本件マンション及び原告が本件盗難事故後購入したベンツについては、まだローンが残っており、原告は、裕福な経済状態にはない。
(3) 原告は、自動車免許を取り、自動車保険をかけ続けて19年になり、車は、仕事、プライベートにかかわらず非常に良く乗り、自動車は3台所有しているが、本件車両に限って車両保険に入る必然性が明らかではない。
(4) 本件車両は、代金完済までは、ローン会社に所有権が留保されており、盗難事故が発生した場合、無条件に原告に保険金が下りる保証はない。原告は、本件車両のローンを平成14年7月に完済し、それからわずか約3月後の同年10月に本件盗難事故が発生しており、期間が短い。また、本件車両の車検は、同年11月30日が満期日であり、原告は、車検満了後は、本件車両を乗り続ける気持ちはなかったか、または、もはや必要としていなかったと考えても不思議ではない。
(5) 原告は、本件盗難事故の発生した場所にビデオカメラがあることを知らなかった。
(6) 本件車両の鍵は、イモビライザーが装着されたものであり、エンジンキーの中に認識信号が入ったICチップが埋め込まれているので、他のキーで本件車両のエンジンを作動させることはできない。そして、原告は、このことを知らなかった。
盗難時の状況が映ったビデオを見ると、犯人は、盗難現場を歩き回って他の自動車を物色したりするわけでもなく、何のためらいもなく一直線に本件自動車に近づき、約40秒という短時間の内にドアを開け、運転席に座り、エンジンを始動させて車を発進させている。
上記の本件自動車の鍵の特質及び犯人と思われる者のかかる行動を併せ考えると、犯人は、鍵の所持者である原告から、鍵を預かって使用したのでなければ、本件犯行は不可能である。
(7) 原告の鍵の本数や、保管状況に関する供述は、変遷しており、曖昧かつ不自然である。また、原告の供述によると、ダッシュボードにメインキーが入っているととを、知っている人に話しておらず、また、知っている人はいない。
(8) 本件盗難事故において、本件車両を本件駐車場から持ち去った者は、本件駐車場から出るため、本件駐車場のチェーンを開けるリモコンを使用したと考えられるが、そのリモコンは、それが駐車場のものだと知っている人でないとわからない。
(9) 以上からすれば、本件盗難事故は、原告の意を受けた者が原告の所持する鍵を使用して盗難を偽装したものである。
第三 争点に対する判断
1 立証責任について
前記第2の1(4)で認定した本件契約の内容によれば、被保険自動車の盗難その他偶然な事故の発生は、本件契約に基づく保険金請求権の要件の一つであるから、本件契約に基づき保険金を請求する者は、被保険自動車の盗難その他偶然な事故の発生を主張立証すべき責任を負担するものと解するのが相当である(最高裁第二小法廷平成13年4月20日判決民集55巻3号682頁)。
そこで、本件盗難事故が偶然な事故によるものであるかどうかについて検討する。
2 事実関係について
証拠(略)によれば、以下の事実が認められる。
(1) 原告について
原告は、約14年前に人材派遣の仕事をはじめ、約5年前から、B社という人材派遣会社を設立し、同社の代表取締役を務めており、現在の売上げは、年間約6,000万円で、原告の収入は年間960万円程度ある。原告は、平成12年ころ、本件マンションの1室を購入し、同年12月ころ、本件車両を約500万円で購入した。本件盗難事故当時、原告は、本件車両を含めて車を3台保有しており、そのうちの1台は友人から借りていたセルシオであり、もう1台は、日産製のラルゴであり(名義は原告名義ではない。)、原告が購入してから少なくとも10年は経過している。原告は、自動車の免許を取ってから19年くらいになり、車は仕事、プライベートにかかわらず良く乗っている。
原告には、マンションのローンがまだ残っており、また、本件盗難事故後、約1,000万円でベンツを購入し、そのローンも残っている。
(2) 本件車両について
ア 原告は、平成12年11月ころ、頭金80万円、下取価格60万円(クラウン)、割賦支払金263万5,500円で、本件車両(車両本体価格が339万円であり、諸費用が51万円である。)を購入した。
イ 本件車両は、売買代金の完済まではローン会社に所有権が留保されており、原告は、平成14年7月に代金を完済した。本件車両の車検は、平成14年11月30日が満了日である。
ウ 本件車両には、イモビライザーが搭載されている。イモビライザーの仕組みは、あらかじめ登録された固有のIDを持つ小型の電子通信チップ(トランスポンダー)がエンジンキーのグリップ部分に埋め込まれており、そのキーを自動車のキーシリンダーに差し込むと、そのIDコードが、キーシリンダーに巻かれているアンテナコイルに送信され読み取られ、アンプを介して車両側コントローラ・ECU(エンジン・コンピュータ・ユニット)に送信され、ECUにあらかじめ登録されているIDコードと電子的に照合が行われ、照合したコードが一致した場合のみエンジンが点火、燃料噴射可能状態となり、IDコードが一致しない場合には、電気的にエンジンが作動しないというシステムであり、キーを使用せずにエンジンを始動させるいわゆる直結という方法や、物理的にキーの鍵山だけを複製した合い鍵を使用する方法では、エンジンは始動しない。IDコードは、「1」と「0」のデジタル信号の組み合わせであり、その組み合わせにより、数千万種のIDコードの生成が可能である。また、定期的に乱数を用いてIDコードを生成し、当該コードを暗号化することでコードの秘匿性を確保するシステムも実用化されている。イモビライザーが搭載された車両のエンジンを始動させるには、当該車両専用のキーを使用するか、車両本体内の電子制御装置に登録されているIDコードと同じIDコードを有するキーを入手するか、キーの記憶回路を事前に車両のコンピューターに再登録し、再登録されたキーを使用しなければならない。
もっとも、本件車両のドア自体には、盗難防止装置はついておらず、ドアを無理にこじ開けることも可能である。
原告は、本件車両購入時に、本件車両に盗難防止装置が装着されていることは知っており、盗難防止装置が装着されていれば、車は盗まれないと聞いていた。
エ 本件車両と同種・同型の車両の平成14年当時の中古車市場価格は、約329万円である。
(3) 本件駐車場について
本件駐車場は、敷地外からの出入口が2箇所あり、いずれもチェーンで施錠されており、専用のリモコンを操作することで、チェーンを解錠し、駐車場を開けることができる。駐車場を開けて車両が出入りした後、自動的にチェーンが上に上がり施錠される。リモコンは、白色プラスチック製の箱型で、縦15ab、横5ab、厚さ1abくらいの大きさで、真ん中あたりにボタンがついているという比較的単純な構造のものである。
原告は、リモコンを、本件車両のドリンクホルダーに保管していた。
リモコンは、それが駐車場を開けるリモコンだと知っている人でなければ、直ちにそれが駐車場を開けるリモコンであるということは分からない。
本件駐車場は、車両を78台駐車でき、防犯ビデオが8台設置されている。屋内の駐車場には、本件車両の他にも高級車が数台駐車されている。
(4) 本件契約締結の経緯
原告は、以前から本件車両に車両保険をかけたいと思っていたところ、平成13年10月ころ、原告の自宅に忘れ物を取りに帰るため、本件車両を本件マンションの外に駐車し、車を離れて自宅に戻っている間に誰かが本件車両にいたずらをしたと感じ、本件マンションの管理人に聞いたところ、本件マンション周辺で車の盗難が多いということであった。そこで、原告は、被告の代理店を経営している丙川に相談をして、車両保険に入ることにし、平成13年11月12日、被告との間で、本件契約を締結し、保険料13万5,010円を支払った。
原告は、車上荒らしに遭ったとまでは思わなかったので、警察に被害届を出していない。
なお、原告と丙川とは、約25年前に、原告の父が自動車保険に加入して以来のつきあいであり、原告自身も高校を卒業してから、丙川を通じて自動車保険に加入しており、原告は平成14年夏ころまでは、事故もなく、等級も上がり、19等級の60%割引にまでなっていた。
(5) 車両保険の使用
原告は、平成14年夏ころ、本件車両で接触事故を起こし、左前バンパーを擦ったことから、本件契約に基づき、車両保険を使用して、本件車両を修理した。
(6) 本件盗難事故の状況
本件盗難事故のあった本件駐車場の位置関係は、別紙盗難現場見敢図のとおりであり、本件車両は、本件盗難事故当時、同見取図の69の位置に駐車していたものであるが、盗難当時の状況は、同見取図の防犯ビデオの位置から5秒間隔のビデオで撮影されており、この駐車場の奥に設置されたビデオによると、犯人は、平成14年10月12日午後7時20分55秒に同図面の出入口の右斜め上にある壁の後部から出てきて、同21分00秒に本件車両の前まで行き、同21分05秒に本件車両の助手席側に入り込み(69の記載の上側の壁で隠れる)、同21分10秒に再び本件車両の前面に出た後、再び本件車両の運転席側に入り、同21分54秒に本件車両を発進させて本件駐車場から出て行っている状況が撮影されている。
また、本件駐車場の入り口付近の壁には、本件マンション管理組合の名義で「このマンションは監視カメラにて監視しております。」との掲示板が貼り付けられている。
(7) キーについて
本件車両のメインキーは、長さ約8.0ab、幅(最大)約3.6abの大きさであり、ドアの開閉、エンジンの始動及びトランクのロックの解除等キーの機能に限定はなく、さらに、ドアの施錠、解錠及びトランクを開けるためのボタンが付いており、リモコンで、ドアの施錠、解錠及びトランクを開けることができる。サブキーは、長さ約7.5ab、幅(最大)約3.2abの大きさであり、ドアの開閉及びエンジンの始動のみをすることができ、トランクのロックの解除はできず、リモコン操作用のボタンも付いていない。メインキーは黒色であり、サブキーはメインキーの色と比べて緑色がかっている。また、メインキーは、サブキーと比べると分厚い構造になっている。
原告は、平成14年10月12日午後1時ころ、本件車両を本件駐車場に駐車し、自宅に戻らずにそのまま福岡空港に向かったため、本件車両のサブキーをフィリピンに携行していた。原告は、その当時メインキーを所持していなかった。
(8) 被害届の提出
原告は、平成14年10月22日午後3時ころフィリピンから帰国し、知人と外で食事をし、同日午後9時から10時ころまでの間に帰宅し、サウナに行くために本件駐車場に行ったところ、本件車両がないことに気が付いた。原告は、すぐ警察に連絡し、約10分後警察官が到着したので、被害届を提出した。そのとき、警察官から、防犯ビデオのことを指摘され、防犯ビデオに犯人が写っていないか確認して、写っている場合には、テープをダビングして警察に持ってくるように言われた。
原告は、翌23日朝、本件マンションの管理室に行き、管理人と防犯カメラのビデオテープの内容を確認した。本件盗難事故の日の1週間くらい前からビデオテープを早送りで再生しながら見ていたところ、ふと気が付いたところで本件車両がなくなったので、巻き戻して確認し、上記(6)の状況が撮影されていたので、その部分をダビングした。原告は、本件車両がなくなった部分さえあれば良く、その前後の部分は必要ないと思い、本件車両がなくなった部分だけをダビングした。
原告は、翌24日、ダビングしたビデオテープを警察に持っていったが、警察官から、「人がきれいに映っていますか、分かりますかね。」と言われ、「私が見る限りじゃ影だけだから、もし知り合いの人だったら影だけでも分かるけど、これ難しい。
」と答えたところ、警察は、捜査は難しいということで、ビデオテープを受け取らなかったので、原告は、ビデオテープを持ち帰った。
(9) 原告は、平成14年10月23日、丙川に、本件盗難事故のことを報告し、丙川は、原告から事情を聞いた上で、被告に事故報告をした。
(10) 被告は、本件盗難事故以前に、原告が本件車両で接触事故を起こした際、原告と被告との間で車両保険についてのトラブルがあったことから(その具体的な内容は不明である。)、本件盗難事故の偶然性を疑い、保険調査株式会社に、防犯ビデオの入手や、関係者からの聞き取り調査を依頼した。
(11) 調査員丁山の調査について
ア 丁山は、平成14年11月5日、原告と面談した。原告は、丁山に対し、口頭で、本件盗難事故についての事情を説明しながら、車両盗難チェックリストに記入した。
イ 原告は、チェックリストにおいて、本件車両の鍵は、購入時にも、盗難前にもメインキー1本だけ、本件車両に置いていたものは、現金5万円、国際電話カード5万円分、車検証、駐車場のリモコンであり、本件盗難事故当時所有していた車両は、本件車両以外にはないと記入しており、丁山に対しては、鍵は1本だけだと思うがちょっとわからないと説明し、原告の所持していたサブキーを丁山に渡した。その際、原告は、所持していたサブキーのことをメインキーと言っていた。原告は、本件車両を購入したE社にも問い合わせたが、分からないという回答であった。
ウ 丁山は、同日の夕方、原告から連絡を受け、原告宅を訪ね、本件盗難事故の状況を撮影したビデオテープの内容を確認した。その後、丁山は、本件車両の鍵の本数について、再度、E社に問い合わせたが、はっきりとはわからなかった。丁山は、原告から、パスポートの写し、オートローン申込書の写し、ビデオテープ等を預かった。
エ 丁山は、後日、原告に連絡し、本件車両の鍵のことについて再度確認したい旨伝えた。
オ 原告は、丙川に、本件車両の鍵の本数について相談した。丙川は、防犯ビデオに本件盗難事故の犯人が映っており、鍵の本数は問題にはならないし、曖昧な返事よりも、はっきり答えた方が良いと考え、原告に対し、「良く分からないのであれば、1本だと言えばいい。」とアドバイスした。
カ 丁山は、本件車両にイモビライザーが搭載されていること、本件車両が短時間で盗まれていることから、本件車両は、メインキーを使用して盗まれた可能性が極めて高いと考え、本件車両の鍵の本数を確認するため、E社代表取締役戊田と面談した。
戊田は、本件車両の販売を担当したのが誰であったか、本件車両の鍵が何本あったかについて全く記憶がなかった。
キ 丁山は、平成14年12月14日、原告と面談した。丁山は、原告に本件車両の鍵の本数と使用状況について尋ね、「キーについて」と題する書面を書かせて、署名、押印させた。その書面には、「キーについては、丁山様へわたした1本だけだと思います。通常は、このキーをいつも使用していました。平成14年10月12日は、このキーをフィリピンに持って行ってました。以上、相違ありません。」と記載されている。
ク 丁山は、平成14年12月20日、警察署に、原告から預かったビデオテープを持ち込み、内容を分析してもらうよう依頼した。
ケ 丁山は、被告に対し、本件盗難事故の犯人が、たった40秒近くで本件車両を発進させていること、犯人は、夕方7時過ぎという時間帯に、何も迷わず本件車両へ向かっていること、本件車両購入時には、本件車両の鍵は1本であり、現在も1本であるが、それはメインキーではなくサブキーであり、原告は、本件盗難事故当時、その鍵をフィリピンに持っていったにもかかわらず、本件車両は短時間で盗まれていること、本件車両には、イモビライザーが搭載されていること等から、原告は、犯人と共犯または、本件盗難事故に関与している可能性が十分に考えられるとの調査報告をした。
なお、丁山は、防犯ビデオの写っている犯人と原告との間の結びつきに関わる事情については、全く調査をしていない。
コ 被告は、平成15年1月7日、原告の保険金請求に対し、「偶然性」に欠けるとして、保険金の支払いを拒絶した。
3 そこで、以下、本件盗難事故が偶然に起きたものか否かについて判断する。
(1) 原告には、本件盗難事故当時、マンションのローンが相当程度残っていたが、一般に、不動産のローンを抱える人は多く、また、原告は会社の代表取締役を務め、比較的収入も安定しているといえ、盗難事故を偽装して450万円の保険金を不正に請求する動機としては不十分といわざるを得ない。
また、被告は、原告には、本件車両の車検満了後は、本件車両を乗り続ける気持ちがなくなっていたと主張するが、原告に本件車両を乗り続ける気持ちがなくなっていたからといって、新車購入のためにわざわざ保険金を不正に請求する意図があったとまで直ちに推認することはできない。実際に、原告は、本件盗難事故後、保険金が現実に支払われていないにもかかわらずベンツを購入しており、また、平成14年夏ころに、本件車両を修理していることからすれば、本件盗難事故がなければ、本件車両を下取りに出して、車を普通に買い替えていた可能性も十分にあり、450万円の保険金を不正に請求してまで車を買い替えようとしていたとは考えにくい。
(2) 原告が車両保険に入った動機は、本件契約締結前は、原告に金銭的な余裕がなかったために入ることができなかったが、本件車両が一度いたずらに遭い、そのことが一つのきっかけとなったからというものであり、原告が本件契約を締結する際には、丙川にその間の事情について話し、相談していることがうかがえる(証拠略)のであるから、本件契約の締結に至る経緯については、特に不自然な点は認められない。また、本件車両が中古車といえ、国産高級車であり、他の2台は10年以上も前に購入した古い車と原告の友人から借りていた車であることからすれば、原告が、本件車両に限って車両保険に入ることもあながち不自然ではない。
(3) 本件契約の保険金額は450万円であるが、原告の本件車両の購入金額は、390万円であり、本件盗難事故当時の本件車用と同種の車両の中古車市場価格は、329万円であり、保険金額として過大とまではいえず、また、原告は、本件契約の保険料(13万5,010円)について、60%割引がなされてもなお高いと思っていたというのであって、本件契約の保険金額について、不自然とはいえない。
(4) 被告は、原告が本件車両のローンを平成14年7月に完済し、それからわずか約3ヶ月後の同年10月に本件盗難事故が発生しており、期間が短いと主張するが、本件車両のローンの完済から盗難事故発生までの期間が短いことから直ちに本件盗難事故が偶然な事故ではないということにはならない。
(5) 原告は、本件盗難事故の直前である平成14年夏ころに、車両保険を利用して、本件車両を修理しているが、盗難事故を偽装して保険金を詐取しようとしていたのであれば、軽微な物損にもかかわらず、わざわざ本件車両を修理する必要はないのであって、盗難事故を偽装しようとする者の行動としては不自然である。
(6) 原告は、本件盗難事故当時、本件車両のメインキーの所在について、明確な認識を有しておらず、サブキーをメインキーだと勘違いして所持しており、これをフィリピンにも持って行ったことがうかがえ、また、原告は、丁山との面談において、本件車両の鍵については、確証はないが、1本しかなかった旨話し、さらに、丁山から要求されて、同様の内容の念書まで書いている。その一方で、原告は、本件訴訟の尋問において、メインキーとサブキーの区別をした上で、原告が所持していたのは、サブキーであり、メインキーは、ドアを開閉したり、トランクの鍵を開けるためのリモコンが故障し、修理に出すために本件車両のダッシュボードの中に入れいていたことを思い出した、メインキーのことを忘れていた理由として、本件車両を購入してすぐに、メインキーをダッシュボードに入れたため、思い出すのに時間がかかった旨供述し、供述に変遷がみられる。原告が鍵の本数や保管状況について、供述を変遷させた理由は明らかではないが、原告が丁山と面談している時点では、鍵の本数について、E社に問い合わせたり、丙川にも相談していることを考えると、その際の原告の本件車両のキーに関する認識の点について、原告が何らかの偽装工作をしているとは考えられず、一般的に、自動車の運転者は日頃使用しているキーにしか関心を持たないことを考えると、原告の鍵の供述に変遷があることが、直ちに、原告と本件盗難事故の犯人との間の関連性をうかがわせるものとはいえない。
また、原告が盗難事故を偽装したというのであれば、盗難防止装置付きの車両の盗難事故を偽装するために、メインキーを盗まれた、または紛失した等、盗難防止装置が付いていたとしても盗まれる状況を作出する供述をする方が自然であるにもかかわらず、丁山に対して、鍵は1本であった旨の念書まで書いており、盗難事故を偽装しようとしている者の行動としては不自然である。
(7) 本件車両は、イモビライザーが搭載されており、また、犯人が本件車両のそばに来てから、本件車両を発進させるまで1分程度しかないことから、本件盗難事故の犯人は、本件車両の専用キーを使用して本件車両を盗んだ可能性が高い。
とすると、本件盗難事故の犯行態様としては、@犯人が、本件車両のドアをこじ開け、ダッシュボードにあるメインキーを使用してエンジンを始動させた、A犯人が、あらかじめ本件車両のメインキーを盗んでおいて、犯行当日にメインキーを使用してドアを開け、エンジンを始動させた、B原告が、盗難事故を偽装するために、犯人にメインキーを渡して、犯人がメインキーを使用してエンジンを始動させた等様々な可能性が考えられるので、上記本件盗難事故の態様だけでは、原告と犯人の結びつきを推認することはできない。
また、原告は、盗難防止装置が付いていれば、車両を盗まれることはないと思っていたというのであって、かかる認識を有していれば、通常は、盗難事故を偽装しようとは思わないはずである。
(8) 被告は、本件駐車場を開けるリモコンは、それが駐車場のリモコンだと知っている人でないとわからないと主張する。確かに、リモコンがなければ、本件駐車場から本件車両を公道上に出すことはできないのであり、犯人がその情報を知らなければ、犯行は不可能である。しかしながら、リモコンは、本件マンションの駐車場を利用する人であれば、駐車場のリモコンであることは当然わかるのであり、原告だけがそのことを知っていたわけではなく、犯人は、原告以外からもその情報を得ることは十分に可能であったと考えられ、また、駐車場のリモコンの構造は極めて簡単な構造であり、それが駐車場のリモコンであることが認識できれば、その操作は簡単にできると推測される。したがって、上記事実から直ちに原告と犯人との結びつきを推認することはできない。
(9) 上記(1)ないし(8)の事情を総合すると、本件盗難事故は、原告がフィリピンに出発した当日に、約1分間の間に本件車両を本件駐車場から持ち去っており、その犯行は、あらかじめ本件車両に目星をつけた上での犯行とみられること、本件車両はイモビライザーが装着されており、犯行の状況からみると、犯人は、本件車両の専用キーを使用して本件車両を持ち出している可能性の強いことがうかがわれること、原告がサブキーをフィリピンに携帯していったとすれば、本件車両の盗難にはメインキーが利用されたと考えられること、原告は、本件車両の鍵の本数やその保管状況について、本件訴訟前と本件訴訟の尋問での供述に変遷があること、仮に、本件車両のメインキーが本件車両のダッシュボードに保管されていたとすると、原告と無関係の犯人が、メインキーの所在を事前に知っていたとは考えにくいにもかかわらず、本件盗難事故当時、犯人は、本件車両に一直線に向かってきているように見えることなど原告に不利益と考えられる事清が存在する。
しかしながら、上記本件盗難事故の犯行態様は、本件車両の専用キーを取得すれば必ずしも原告が関係しなくとも行われ得ること、本件車両のメインキーについては、本件盗難事故当時、本件車両のダッシュボードに保管されていたかどうか客観的な事実としては必ずしも明らかではなく、犯人が事前に盗取していた可能性も否定できないこと、本件車両のキーの本数については、本件車両の販売者も明確に記憶していないこと、弁論の全趣旨によると、本件車両のキーは、新車時には3本あることが認められること、したがって、原告は、本件車両の専用キーの本数につき明確な記憶がないのに、被告側から問いつめられて、1本であるとの書面を作成した可能性が否定できないこと、本件車両は、国産高級車であり、窃盗集団の盗難の対象とされている車種であること、原告には、必ずしも本件犯行を行う動機が認められないこと、本件契約の締結の経緯に特段不自然な事情はなく、これまでに盗難で車両保険を使用したことや、保険適用で原告に責められるような不正があったことまではうかがえないこと、被告が、本件盗難事故について調査を開始したのは、それ以前の接触事故に関する保険金について、原告との間でトラブルがあったためであり、本件盗難事故自体に問題点を含んでいたためではないこと、被告は、本件盗難事故の犯人と原告との結びつきについて全く調査をしていないことが認められるから、上記のとおり、本件盗難事故が原告以外の犯人により行われていることが明確な本件においては、ビデオに映っている犯人と原告との結びつきが疑われるような事情が全く認められない以上、本件盗難事故における偶然性は立証されたものとして処理されてもやむを得ないと解される。
4 したがって、本件車両の盗難は、偶然に起きた事故であると認められ、これを覆すに足りる事情はないというべきである。
第四 以上によれば、原告の請求は理由があるので認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法61条を適用し、仮執行宣言につき同法259条1項を適用して、主文のとおり判決する。
(平成16年5月17日 口頭弁論終結)
福岡地方裁判所第6民事部
裁判長裁判官 杉山 正士
裁判官 川崎 聡子
裁判官 森中 剛
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